台所で、少し泣いた夜がありました。
洗い物をしていた、なんでもない夜です。
背中ごしに、息子たちふたりがテレビを見ながら話していました。
番組では、家族の会話時間について話していたのだと思います。
そのとき、弟くんがぽつりと言いました。
「うちは普通に会話してるな」
「毎日15分以上は、平気でしてるやん」
その一言で、手が止まりました。
父子家庭になって、数年が経った頃。
朝は弁当をつくり、夜は食卓を囲みながらたいした中身もない会話を続けてきました。
「今日、何時に帰る?」
「弁当いる?」
「テストどうやった?」
特別な助言は、ほとんどしていません。
でも息子は、それを「会話している家」だと受け取ってくれていた。
そのことが、夜の台所で、じわっと効いてきました。
あなたは、お子さんと「いい話」をしようとして、少し疲れていませんか。
僕も、昔はそうでした。気の利いたことを言わなきゃ、ちゃんと導いてやらなきゃ、と。
でも、続けてみて分かったのは逆だったんです。会話は、質より量。中身なんて薄くていい。むしろ薄いくらいでちょうどいい。
子どもが「この人とは、いつでも話していい」と感じてくれること。それだけで、たぶん十分なんです。
とはいえ、思春期の男の子は、向こうから話しかけてはくれません。黙っていたら、その日の会話はゼロで終わる。だから僕は、こちらから踏み込むと決めていました。
弁当がいるのか、昼は外で食べるのか。聞かなきゃ分からないことを入り口にして、もう一往復だけ、言葉を足す。それを毎日。
きれいごとばかりでは、もちろん回りません。話しかけても機嫌が悪い。聞く雰囲気じゃない。部屋にこもって出てこない。そんな日も、いくらでもありました。
それでも僕は、自分にこう言い聞かせていたんです。どんな反応をされても、聴くことは聴く。言うことは言う。会話は、機嫌のいいときだけのものじゃない。
むしろ機嫌が悪いときにこそ、扉だけは閉めないでおく。それだけでいい、と。
ただ、押せばいいわけでもないんですよね。
あるとき、弟くんが「バイトは月1回でいいかも」と言い出しました。気持ちが、勉強のほうに向いていたんです。「今日はテスト勉強頑張るわ」と言って、すっと自室へ。そんなときは、何も言わなくていい。ただ見守って、黙ってご飯の準備をするだけでいい。
声をかけることと、黙っていること。その使い分けが、いちばん難しくて、いちばん大事でした。
正直に言うと、僕はいつもうまくやれたわけじゃありません。夜勤が続いた時期は息子たちが話したそうにしている時間に、そばにいてやれませんでした。本当は、話したいときにこそ、いてやりたかった。完璧な父親なんかじゃ、なかったんです。
それと、これは少し笑ってほしい話なんですが。
ある晩、お兄ちゃんが突然こう言いました。
「今日な、廊下でケムシ踏んでもうた。汁が出てきて、気持悪かったわ」。
……どう返事したものか、本当に困りました。
でも、こういうしょうもない会話こそ、宝物なんです。重い助言や正論だけが会話じゃない。くだらないことで、一緒に笑える。その関係が残っていれば、たぶん大丈夫です。
そして、行き着いたのは、やっぱり食卓でした。
大学生になったお兄ちゃんは忙しくなって、三人そろう夜はずいぶん減りました。
それでも、久しぶりに三人がそろった夜のこと。
弟くんがやけに嬉しそうで、大学のこと、勉強のことを、笑顔でお兄ちゃんに聞いていました。食事のあとには、自室から英語の参考書を持ってきて、あれこれ質問する弟くん。お兄ちゃんも、嫌な顔ひとつせず笑顔で応える。
僕はその様子を、カウンターキッチンの向こうから、ただ笑顔で眺めていました。
三人の笑顔。ひとつの食卓を囲んだ、笑顔の集まり。
これが、団らんなんやな、と思いました。
会話の作法だの、声かけのコツだのと書いてきたけれど、行き着く先はいつもシンプルでした。同じ食卓で、一緒にご飯を食べる。ただ、それだけでした。
もし今、お子さんとの会話が減って少し不安なら、これだけは伝えたいです。気の利いた言葉なんて、いりません。今日、弁当の有無を聞くついでに、もう一言だけ。それを、明日も、明後日も。
その15分の積み重ねは、いつかきっと、あなたの背中ごしに返ってきます。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
次の手紙では、「思春期の息子に話しかけるとき、僕があえて<言わないようにしていた言葉>」について書きます。よかったら、このまま登録して待っていてください。
最後に、ひとつだけ聞かせてください。
あなたの家では最近、どんな何気ない会話がありましたか。
朝の一言でも、帰宅時間の確認でも、くだらない笑い話でも大丈夫です。
このメールに返信する形で、そっと教えてくれたら嬉しいです。
それでは、また。ヒロのしんでした。




温かな優しい家族の風景が浮かびました。
息子さんたちとの何気ない会話に、団らんの温かさを感じました。
必死で、子育てしていた頃を思い出して、思わず、ウルッとしました。
息子さんたちは、親の背中を見て、しっかり育っていらっしゃいますね^^
心がほっこりする記事をありがとうございます🎶
優しい文章から圧倒的な大きさを感じました
いつもありがとうございます😊