こんばんは。
子どもは、ときどき、大人には思いつかない答えを返します。
今夜は、今でも思い出し笑いをする、そんな話をあなたにお便りします。
前回の便りが少し静かな話だったので、今日は、声をあげて笑った日のことを。
その日、僕と妻は、何かの拍子に「ハリガネ」ということばを口にしていました。
何の話だったのかは、正直、もう覚えていません。
すると、そばで聞いていたお兄ちゃんが、ぱっと顔を上げたんです。
まだ5歳前後でした。
ぼく、ハリガネ しっているで。
ハリガネなんて、知っているはずがない。でも、あんまり得意げに言うものだから、僕はつい聞き返しました。「へえ、よく知ってるね。ところでハリガネって、何?」
お兄ちゃんは、当たり前でしょう、という顔で、答えました。
ハリのガネやろ。
——針の、金??——
その瞬間、僕と妻は顔を見合わせて、大笑いしてしまいました。
あの時の妻の顔を、僕は今でも覚えています。
あとになって、僕はこの一言のことを、よく思い出すようになりました。
この子は、「ハリガネ」ということばを、知りませんでした。
でも——黙らなかったんです。
手元にあることばを引っぱり出して、「ハリ」と「ガネ」に分けて、自分なりの正解を組み立てた。
針の、金。まちがってはいます。でも、まるででたらめ、というわけでもない。
いま思えば、すごいのは「知っていた」ことではなくて、「黙らなかった」ことのほうでした。
——あなたにも、ありませんか——
知らないことばが出てきたのに、聞き返すのも気恥ずかしくて、わかったふりで、そっとうなずいてしまったこと。
僕には、あります。何度も。
でも、5歳の頃のお兄ちゃんは、こわがりませんでした。
知らないなら、知っているものだけで組み立てればいい。
そう言わんばかりに、堂々と、意味を作りにいった。
あれはきっと、ことばというものの、いちばん最初のかたちだったのだと思います。意味は、覚えるものではなくて、作るもの。
僕は、ことばで人と向き合うことを、長く仕事にしてきました。
どのことばを選ぶか、どんな順番で渡すか。
いつも、それを考えて生きてきたように思います。
そんな僕が、5歳の子に、いちばん大事なことを教わっていたのかもしれません。
知らないことばの前で、黙らないこと。
持っているものだけで、まず組み立ててみること。
「ハリのガネやろ」
——あの得意げな一言の勇気を、僕はいまだに、超えられていない気がします。
あなたが今でも忘れられない「子どもの一言」があれば、よかったら、この便りに返信して聞かせてください。
あの日の「ハリのガネやろ」を、本人はもう、覚えていないでしょう。
でも僕はきっと、この先も、知らないことばに出会うたびに
——あの得意げな顔を、思い出すのだと思います。
今夜も、読んでくれてありがとうございました!!




この親にしてこの子ありでしょうか✨
素晴らしい素敵なエピソードですね。
一つの真理を見せて貰った気がします。
地元の方言を標準語に訳して子供達に伝える時、
同じ様な文章になりますから。
すぐに思い出せませんが、言葉に限らず「その発想は無かったわ」という体験は何度もさせられたはずです。
上手く言えないシリーズだと、
ぺんぴんばちら(電信柱)、GA隊(自衛隊)でしょうか。
日々の記録や記録せずとも家族間での共有は大切なんだなと再認識しました。
ヒロのしんさん、こんにちは
「知らないことばの前で、黙らないこと。持っているものだけで、まず組み立ててみること」確かにそうですね。子供さんの自由な発想、すごいですね。見習って、自由に持っているものだけで、まず、考えて組み立ててみると、視野が広がって楽しそうと感じました。新たな視点に繋がる記事をありがとうございます🎶