久しぶりに、交渉の——いえ、「折衝」の話を書こうと思います。
最近の僕は、物語のことや、子どものことばかり書いていました。
だから、現場の話を書くのは、自分でも少し久しぶりな気がします。
でも、書き進めるうちに思いました。
これは結局、子育ての話にもつながっているのだと。
20年、ことばで人と向き合ってきて、僕の中に残ったものは、現場でも、家庭でも、たぶん同じ一つの順番だったのです。
少しだけ、お付き合いください。
若い頃の僕は、正しさで押せば伝わると思っていました。
筋の通った説明を、順序よく並べる。
事実を示し、理屈を積む。
そうすれば、相手はわかってくれるはずだ——そう信じていました。
けれど現場は、そんなに単純ではありませんでした。
どれだけ正しい説明をしても、相手の顔が固くなっていくことがあります。言葉を尽くすほど、距離が開いていく。正しさは、ときに刃物になります。早く突き出すほど、相手は身構えてしまう。
それに気づくまでに、ずいぶん時間がかかりました。
僕は「交渉」よりも「折衝」という言葉を使いたいと思っています。
辞書を引くと、折衝の語源は「敵の攻撃をくじき防ぐ意」だと書いてあります。相手が衝いてくる矛先を、こちらが折る。
本来は、勝つための言葉なのです。
でも僕は、20年の現場で、この言葉をいつのまにか読み替えるようになっていました。
折れて、衝く。
まず、自分が折れる。相手の言葉を、一度だけ受け止める。
そのうえで、本当に届けたい一点を、そっと衝く。
語源とは違います。
これは辞書の意味ではなくて、僕が現場で身体に刻んだ順番です。
それでも、僕にとってはこの読み方のほうが、ずっと本当でした。
折れる、というのは、迎合することではありません。
相手に全部合わせることでもない。こちらの目的を捨てることでもない。
折れるというのは、相手が何を怖がっているのか、何を守ろうとしているのか——その立っている場所に、いちど自分も立ってみることです。
人は、正論で動くわけではありません。自分の不安が受け止められたと感じたとき、はじめて、こちらの言葉が入る隙間ができる。
折れるのは、負けたからではありません。
届けるために、順番を選んでいるだけなのです。
ひとつ、忘れられない場面があります。
あるマンションの理事会で、最終合意まであと一歩、というところまで来ていました。何度も足を運んで、賃料はもう前回までに合意できていたはずでした。
ところがその日、これまでいなかったメンバーがひとり座っていました。
過去に理事長を務めたという人で、声が大きく、その場の空気をひとりで動かすような迫力がありました。
理事会は、はじめからその人の独壇場でした。
「その金額じゃ、こっちに何のメリットもない。そこまでして建てたいなら、こっちが納得できる金額を持ってこい」
正直、内心で舌打ちしました。
あなたは今の理事会メンバーではない、賃料はもう合意済みのはずだ
——そう言い返すこともできました。
理屈の上では、こちらが正しかったのです。
でも、僕は折れました。
「わかりました。どこまでご期待に添えるか分かりませんが、ご納得いただける金額を、お聞かせいただけますか」
——あれ、顔色が変わった。
そう感じた瞬間、相手の声のトーンが、すっと変わりました。
「そっか、金額ね。……なら、これくらいかな。これを出してくれたら、理事会だけじゃなく、総会でも俺が力を尽くすよ」
提示されたのは、破格の数字でした。
とても、そのまま飲める額ではありません。
でも、その人の目は真剣でした。
正しさで言い返していたら、たぶん一生見えなかった目です。
だから今度は、こちらが衝く番でした。
ひるまず、根拠を一つずつ並べて、減額の交渉に入ります。
最終的には、社内で承認の取れる線まで、着地させることができました。
まず、折れる。相手の要望を、いったん受け止める。
そのうえで、事実と根拠を手に、双方が立てる場所まで本質を衝いていく。
折れて、衝く。この順番でしか、開かない扉がありました。
不思議なもので、これは現場だけの話ではないことに気づきました。
今思い返してみると・・・
家で子どもと向き合う時にも、僕はたぶん同じことをしていたんだろうと思い出しました。
「宿題しいや!」「残さずご飯食べや!」と、つい衝きたくなります。
けれど正論を先に突き出すと、子どもの顔も、あの時の理事会の空気と同じように固くなる。
だからまず、子どもの言い分を聴きます。
何が嫌で、何を不安に思っているのか、いちど受け止める。
そのうえで、現実のことや、親としての気持ちを伝えていく。
命じるのではなく、いくつかの選択肢と、それぞれを選んだときに何が待っているのかを並べて、「この場合はどうやろう」と、一緒に考える。
最後に選ぶのは、子ども自身です。
親が答えを渡してしまうのではなく、
子どもが自分で選べる地点まで、ことばを整えておく。
(けど、これが難しい。先回りすることもしばしばありました。)
折れて、衝く。
それは、現場を離れても僕の中に残った、ことばの順番だったのです。
折れて、衝く。
それは、相手を倒すための技術ではありません。
互いに立っている場所を確認しながら、
一本の橋をかけるための順番なのだと、いまは思います。
言葉を、武器ではなく、橋として使いたい。
20年かけて、
僕の中に残ったのは、この想いだったのかもしれません。
noteでも<ことば>を紡いでおります。




味村さん
こんばんわ~♬
リスタックありがとうございました!!
ゆっくり読んでみてくださいね~(^^)v
納得しかないです😉