見えている水槽と、見えていない未来
写真には写らない卵と針子のこと。メダカたちに、季節の進み方を教えられています。
先週の日曜日、メダカたちの写真を撮りました。
黒い子たち。
オレンジの子たち。
青白く光って見える子たち。
水槽を上からのぞき込みながらスマホを向けていると、どうしても、今そこにいる子たちばかりを見てしまいます。
当たり前なんですけどね。
写真に写るのは、今見えているものだけです。
黒いメダカたちは、やっぱり見ていて飽きません。
水槽の底や影のあたりにいると、ぱっと見ただけではどこにいるのか分からない時があります。
でも、じっと見ていると、ちゃんと動いている。
スーッと泳いだり。
水槽の隠れ家の中に入ったり。
水面近くまで上がってきたり。
黒い体に、光が少しだけ乗る瞬間があります。
その一瞬が、僕はけっこう好きです。
一方で、オレンジの子たちは分かりやすい。
白い容器の中を泳いでいると、ほんとによく目立ちます。
小さな灯りが、水の中を動いているみたいです。
この子たちは「初恋」と言われるメダカたち。
名前が良いですよね。
初恋。
もちろん、メダカたちは自分たちがそんな名前で呼ばれていることなんて知らないでしょうけど。
でも、こちらとしては少し優しい目で見てしまう。
名前って、不思議です。
それから、青白く光って見える子たち。
幹之(みゆき)と呼ばれるメダカさん達です。
写真だけで見ると、少し頼りなく見えるかもしれません。
でも、この子たちも立派な成魚です。
光の入り方によって、体の色が変わって見える。
透明感があるようにも見えるし、銀色っぽく見える時もある。
メダカを飼い始める前は、ここまで一匹一匹の違いを見るようになるとは思っていませんでした。
正直、最初は「メダカはメダカ」くらいの感覚でした。
けれど、毎日見ていると変わってきます。
泳ぎ方。
体の色。
餌への反応。
水面に上がってくるタイミング。
同じように見えて、全然違う。
こちらが観察しているつもりで、実はこっちの目の方が少しずつ育てられているのかもしれません。
水槽の中は、今日も何事もない顔をしています。
黒い子たちは黒い子たちらしく。
オレンジの子たちはオレンジの子たちらしく。
青白く光る子たちは、静かに水の中を泳いでいる。
見ているだけなら、とても穏やかな時間です。
でも、実は今、僕がいちばん気になっているのは、写真には撮っていない命の方だったりします。
ベランダにある水槽。
リビングに置いている小さな場所。
そこにはもう、タマゴがあります。
そして、針子もいます。
雑種。
初恋。
ヒレ長おろち。
それぞれのタマゴがあり、それぞれの針子がいます。
まだ写真を撮るには小さすぎる。
水面をよく見ないと、そこにいることさえ分からない。
ほんの細い線みたいな体で、ふわっと動く。
泳いでいるというより、まだ水の中に存在し始めたばかり、という感じです。
この時期になると、メダカの季節が一気に進みます。
餌への反応が変わる。
水の中の動きが変わる。
産卵床にタマゴがつき始める。
気がつけば、針子が泳いでいる。
人間のカレンダーより、メダカたちの方が正直に季節を教えてくれる気がします。
春から初夏へ。
水の中では、ちゃんと時間が進んでいるんですよね。
もちろん、見ているだけなら可愛いです。
でも、現実は可愛いだけでは終わりません。
タマゴがついたら嬉しい。
針子が生まれたら嬉しい。
けれど、その分、気にすることも増えます。
水は大丈夫か。
餌は足りているか。
ちゃんと泳いでいるか。
昨日いた子は、今日もいるか。
小さすぎる命に、こちらの都合は通じません。
仕事が忙しいとか。
ちょっと疲れているとか。
今日は見る時間がないとか。
そんなことは関係なく、水の中の時間は進んでいきます。
だから、朝に少しのぞく。
夜にも少しのぞく。
「あれ、ちゃんといるかな」と気になって、またのぞく。
たぶん、メダカを飼っている人なら分かってくれると思うのですが、これがけっこう楽しいんです。
手間なんですけどね。
でも、その手間が楽しい。
写真に残るのは、いつも「今見えているもの」だけです。
水槽の中を泳ぐ成魚たち。
泡の流れ。
水面の揺れ。
黒い体。
オレンジの体。
光を受けて青白く見える体。
けれど、写真として写らないものもあります。
タマゴの中で進んでいる時間。
針子たちの小さな動き。
見落としてしまいそうな命。
そして、それを毎日確認してしまう自分の気持ち。
今回撮った写真に写っているのは、立派に育った成魚たちです。
でも、その外側ではもう、次の命が始まっています。
ベランダで。
リビングで。
小さな容器の中で。
雑種のタマゴも、初恋の針子も、ヒレ長おろちの次の世代も。
まだ写真にはうまく写せないけれど、確かにそこにいます。
そう思うと、今回の成魚たちの写真も、少し違って見えてきます。
ただ泳いでいるだけではない。
この子たちは、次の季節へつながっている。
小さな水槽の中で、今と未来が同時に揺れている。
メダカを育てていると、こういうことをふと思います。
見えているものだけが、すべてではない。
まだ写せないものも、ちゃんと始まっている。
これは、メダカの話だけではないのかもしれません。
日々の暮らしの中でも、今すぐ形にならないものがあります。
まだ言葉になっていない気持ち。
まだ結果として見えていない積み重ね。
まだ誰にも気づかれていない変化。
でも、見えないからといって、始まっていないわけではない。
タマゴの中で時間が進むように。
針子が水面近くで小さく動き出すように。
見えていない場所で、ちゃんと何かは進んでいる。
だから、明日もまた水槽をのぞき込むんだと思います。
ちゃんといるか。
ちゃんと動いているか。
ちゃんと、この季節を越えていけるか。
写真には写らない命が、もう始まっている。
そのことを、見落とさないように。
今日もまた、小さな水槽の前で、少しだけ立ち止まっています。
noteでも公開しております。







味村昇さん
おはようございます!
僕の記事のリスタック、ありがとうございました!
今日も一日頑張っていきましょ✌️