こんにちは♫こんばんは♫ ヒロのしんです。
子どもの何気ない一言を、何年もあとに読み返したことは、ありますか。
僕は先日、古い引き出しを整理していて、一枚のメモを見つけました。ノートの切れ端です。自分の字で「語録」と書いてありました。ボールペンのインクは少し褪せていて、日付と一緒に、幼かった子どもたちの言葉が、いくつも並んでいました。
今日は、その中からひとつ。長男が6歳のときに話してくれた、不思議な言葉を、あなたに届けます。
長男が生まれたあと、僕にはずっと、ひとつの願いがありました。
この子がしゃべれるようになったら、いっぱい話したい。父親として、人生の先輩として、ひとりの人間として、僕のことばをこの子にたくさん渡したい——そう思っていたんです。
それに、どんな声で笑うのか。どんなことばで世界を見るのか。
それを早く知りたい、という気持ちも、きっとありました。
その願いは、叶いました。そして今も、です。
長男は上京していきましたが、週に一度は「オンライン飲み会」と称して、画面ごしにしゃべっています。
たぶん僕は、その願いがあったから、何気ない言葉まで書き留めずにいられなかったのだと思います。あのメモは、子どもたちとの「最初の会話」の記録でした。
ノートの切れ端を目で追っていて、ある一行で、手が止まりました。
長男が、6歳のときの言葉です。
ママのお腹の中にいる時、パパが「おーい」って声をかけたのがうるさくて、ビックリして目をパチパチあけた。パパの「すごい動いてるでー」って声が聴こえた。
正直に言いますね。この語録を書いた、その瞬間のことを、僕はもう覚えていないんです。
ただ、ひとつだけ、はっきり覚えていることがあります。
妻のお腹に向かって、「おーい」と話しかけていたこと。
あれだけは、今も鮮明なんです。
長男がほんとうに憶えていたのか、後から聞いて作った記憶なのか。それは、わかりません。でも——そんなことは、どうでもよかった。
僕は、ことばを信じて生きてきました。
どのことばを選び、どんな順番で渡すか
——それを、いつも考えてきたように思います。
でも、この一行を見たとき、ことばは「選んで届けるもの」だけではないのだと思いました。
だって———届いてたんですから。
まだ生まれてもいない、顔も見ていない相手に。
お腹の壁ごしの「おーい」が、ちゃんと届いていた。
少なくとも、6歳の長男の中では、確かに届いた声として残っていた。
ことばは、届いていないように見えて、届いている。
——あなたにも、ありませんか。
どれだけ言葉を尽くしても手応えがなくて、伝わらなかった、と肩を落とす夜が。
でも、ほんとうは、届いていないのではないのかもしれません。
届いたことに、こちらが気づいていないだけで。
生まれる前の子どもにすら、声は届いていたのですから。
そして、あのとき「いっぱい話したい」と願った相手と、僕は今も、画面ごしに話しています。声は、いまもつながっています。
このメモには、まだたくさんの言葉が眠っています。
くすっと笑ってしまう一言。大人にはもう見えない世界の見え方。
そして、生まれる前のことを語る、不思議な言葉たち。
もし、あなたのそばにも小さな子がいるなら、どんなに忙しい毎日でも、ふとした一言を、紙の切れ端にでも書き留めておいてください。一行でいいんです。
その一行は、何年もあとのあなたに、きっと笑顔を連れてきます。
——いまの僕が、そうであるように。
これから、この場所でひとつずつ、手紙にしていきます。
急がず、一語ずつ。
受信箱に、ときどき子どもたちの声が届く。
そんな連載にできたら、と思っています。
次に、どの言葉を選ぼうか
——ノートの切れ端を眺めながら、少し迷っています。
子どもの言葉を、少しだけ大事にしたくなる。そんな便りです。
よければ、受信箱で受け取ってください。
改めて読んでくれてありがとう。 また、便りを書きます。




ヒロのしん様
初めてコメントをさせて頂きます。
素晴らしいお話ですね。
私は元来筆無精な人間でした、
しかし、晩年の妻の日記を読み、書き留める、記録を残す事の大切さに気づいた事も一つの大きな要素として、現在の発信を始めました、その行為の励みとなる非常に素晴らしい記事でした。
有難う御座います。
素敵なお話し、ありがとうございます。
うちの子供達はとっくに大きくなってしまいましたが
私も書き留めておけばよかったなぁ。
オンライン飲み会も素敵ですね🥰
いまだに同居していますが、この時間を大切にします✨