初めに・・・下記文章は2026年1月3日にnoteにて公開した内容です。
今年の年始に公開した内容ですが、僕の心情や文脈などをそのままお伝えしたかったので、編集は基本かけておりません。約半年前の僕の生の声を届けたくて、こちらにて公開しました。
ご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。
hiro_style(ヒロのしん)です!!
あけましておめでとうございます。
2026年も、どうぞよろしくお願い致します。
年始一発目、2026年1月3日。
今年のはじまりに、ふと思いました。
「声をかける」って、結局なんやったんやろう?――と。
この記事の原点は 2016年5月26日。
編集して2回目に公開したのが 2020年7月19日。
そして今、2026年。
子どもは大きくなる。手は離れる。
でも、親の役目は終わらない。形を変えて続いていく。
今日は、その“いまの実感”を、2026年版としてまとめます。
手→声→目。親の「かけ方」は変わる。
僕は、子育ての関わり方をこう整理して書いてきました。
第①ステージ:「手をかける」
第②ステージ:「声をかける」
第③ステージ:「目をかける」
でも今は、こう思っています。
声をかけること、目をかけることに、時期やステージなんて関係ない。
形を変えながら、ずっと続く。親である以上、たぶんそれは一生。
2026年の結論:「声をかける」=「耳を傾ける」
「声をかける」って、つい”何を言うか”に意識が向きがちです。
でも、今の僕はこう感じています。
声をかける=耳を傾ける。
言葉はきっかけ。 本体は、相手の言葉・態度・沈黙に、ちゃんと居場所を作ること。 そして「あなたの意思を、まず尊重する」こと。
親の話も大事。経験談も、言いたいことも、たくさんある。
でも本当に大事なのは、子どもからの声。 言葉、態度、行動、沈黙、表情——全部に、親の五感を向けること。 それができて初めて、「届く声かけ」になる気がします。
「自分でやってみたい」を守る――年齢を超えても結局は同じ
覚えているのは、子ども達が幼かったころのあの感じ。
弟くんが保育所に通っていたころ。 「自分でカメラ持って、写真撮りたい」と言ったことがありました。 まだ小さい手で、ちょっと大きめのカメラを抱えるように持って。 嬉しそうに、興味津々で、レンズの先をのぞき込んで、集中している顔。
あの時、僕が心の中で決めたのは、これでした。
「わかった。一回やってみて。パパが見とくから。」
危ないところだけは見ておく。
でも、先に奪わない。先に正解を渡さない。 “自分でやってみたい”を、まず守る。
また、お兄ちゃんと一緒にTVゲームをしていた頃も、似たことがありました。 弟くんが「僕もしたい」と言ってきたので、コントローラを渡して、好きにやらせてみた。 ボタン連打で、全然うまくいかない。 それでも、二人とも嬉しそうで、興味津々で、集中している顔をしていた。
あれって、今思うと「遊び」以上のものやった気がします。
子どもが一番欲しいのは、たぶんこういう感覚。
やってみていい
失敗していい
見てくれている
認めてもらえている
小さい頃は、カメラでもゲームでも。 大きくなったら、進路でも働き方でも。
中身が変わるだけで、根っこは同じ。
子どもの意思を尊重して、認める。 親は、先回りして潰さない。
必要な時だけ支える。
「学校どうやった?」を卒業する(=具体的に話を聴く)
声をかけるって、結局こういうことやと思います。
抽象のまま終わらせない。 子どもが答えやすい”具体”にする。
今日いちばん疲れたの、どこ?
いま一番しんどいの、誰(or何)?
本当はどうしたい?(できる・できないは一旦置いとく)
話させるんじゃなく、話しやすくする。
それが「声をかける」の正体やと思っています。
親が間違ったら、謝る。これができないと壊れる
こちらは年々、重く感じていることです。
親が間違っていれば、過ちを認めて謝る。 このたった一つのことができないだけで、親子関係は破綻すると言っても過言ではない。
僕自身、「やらかした」ことがあります。
子どものことを疑って、決めつけて、話を聴かずに怒鳴ってしまった。
「何してるねん!やったらあかん事もわからんのか!」
あとで冷静になって話を聴くと、僕の勘違い、勝手な思い込みがあったことが判明しました。 そのとき、僕はこう謝りました。
「●●の話をなんも聞かずに、●●が悪いと決めつけてごめんな。パパが悪かった。」
親の「ごめんね」は、負けじゃない。 関係を直す力やと思っています。
一期一会:その瞬間は、もう戻らない
子ども達と過ごす時間って、【一期一会】。 その瞬間はもう訪れないし、やり直しも効かない。
だからこそ—— 声をかける。耳を傾ける。認める。尊重する。 そして、間違えたら引き返す。
2026年、僕が守る”親としての約束”
2026年の自分ルールは、これです。
先回りしない。
意見を求められたら言う。 それまでは、黙って見守るのみ。
口を出したくなる瞬間は、絶対にある。 でも、先回りして奪ったら、子どもは黙っていく。 見守れたら、子どもの言葉は戻ってくる。 僕は、そう信じています。
今日からできる「声かけ」の順番(2026年版)
まず聴く(途中で切らない)
具体で聴く(抽象のまま終わらせない)
意思を尊重する(”自分でやってみたい”を守る)
親が間違ってたら謝る(最短で引き返す)
意見は求められた時だけ(先回りしない)
【具体で聴く】の実践例
ここで、2【具体で聴く】について、実践例を挙げていきます。
1. スポットライトを当てて聴く(時間を区切る)
一日全体ではなく、「ある一点」に絞ると、子どもは記憶を呼び起こしやすくなります。
「休み時間は誰と何してた?」 (授業中ではなく、自由時間にフォーカスする)
「今日の給食のメニュー、何が一番美味しかった?」 (味覚や具体的なモノにフォーカスする)
「家に帰る時、誰と一緒に靴箱を出たの?」 (帰りのシーンに限定する)
2. 「一番」を探して聴く(感情に触れる)
事実の羅列よりも、心が動いた瞬間(感情のピーク)を尋ねる方法です。
「今日、一番笑ったこと教えて!」 (ポジティブな感情を具体化する)
「今日、『えっ!』って驚いたことあった?」 (ハプニングや発見を聴く)
「先生が怒ったこと、何かあった?」 (教室の雰囲気を知る手がかりになる)
「今日のガッツポーズな出来事、ベスト1は?」 (達成感を共有する)
3. クイズ・ニュース形式で聴く(遊び心を入れる)
「聴取」ではなく「遊び」にすることで、話しやすくする工夫です。
「今日の『学校ニュース』を3つ教えてください!」 (記者会見ごっこにする)
「クイズです。今日、○○(子どもの名前)ちゃんが一番ワクワクしたのはいつでしょう?」 (親が当てる形式にして、ヒントを出してもらう)
4. 映像(シーン)を共有する
お子さんの頭の中にある「映像」を一緒に見るような問いかけです。
「席の右隣の子とは、今日どんな話したの?」 (具体的な位置関係から会話を思い出す)
「図工の作品、どんな色が多かった?」 (視覚的な情報を引き出す)
今日の出口
親子の会話は、正しさで勝つためのものじゃない。 次の一言を、残すためのものと、今は思っています。
謝れる親が、いちばん強い。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
笑顔が一番!! スマイル♫スマイル♫スマイル♫



