忙しさで心を亡くした5日間。母のひと言で、僕は戻ってきた。
仕事に追われるうちに、自分の言葉まで荒れていった。そんな僕を引き戻したのは、母の静かな一言だった。
忙しさで心を亡くした5日間。母のひと言で、僕は戻ってきた。
2025年にnoteへ投稿した文章を、今の自分の言葉で再編集しました。
当時はAIの力も借りて物語としてまとめましたが、今読み返すと、そこに残っていたのは「忙しさの中で、自分の心を見失いかけた記録」でした。
今回は、“ことばで自分を取り戻す話”として、あらためて整えています。
よければ、最後までお付き合いください。
仕事に追われるうちに、人は少しずつ自分を見失っていくことがある。
最初は、ただ忙しいだけだと思っていた。
少し余裕がないだけ。
少し疲れているだけ。
少しイライラしているだけ。
でも、あるところを越えると、違う。
言葉が荒くなる。
人の何気ない一言に、必要以上に反応してしまう。
周りの人が、みんな自分を責めているように見えてくる。
そして気づく。
ああ。
「忙しい」という字は、心を亡くすと書くんだな、と。
これは、僕が仕事の中で自分を見失いかけ、母の一言で少しだけ戻ってこられた、わずか5日間の記録です。
プロローグ:モノクロームの朝
月曜日の朝、会社のデスクでPCの電源を入れたとき、僕は自分が「僕」ではなくなっているような感覚に襲われた。
視界から色が抜け落ち、世界が古いモノクロ映画のように見えた。
キーボードを叩く音。
鳴り続ける携帯電話。
飛び交う同僚の声。
そのすべてが、分厚いガラス一枚を隔てた向こう側の出来事のように、やけに遠く、冷たく聞こえた。
心臓は動いている。
呼吸もしている。
指も、思考も、仕事のために動いている。
なのに、僕の真ん中にあったはずの「心」だけが、どこかへ消えてしまっていた。
崩壊へのカウントダウン
きっかけは、体制変更だった。
仕事をしていれば、方針変更や組織変更は珍しくない。
それ自体は仕方がない。
ただ、その時はあまりにも急だった。
何が決まっていて、何が決まっていないのか。
誰が判断して、誰が現場に落とすのか。
どこまでが今日中で、どこからが明日以降でもいいのか。
そこが曖昧なまま、業務だけが一気に増えていった。
ひとつ対応すれば、またひとつ降ってくる。
終わったと思えば、前提が変わる。
確認したつもりのことが、翌日には別の話になっている。
一人で何役もこなしているような日々だった。
もちろん、周りの仲間も懸命に動いていた。
誰か一人が悪いという話ではない。
それでも現場には、限界がある。
多忙を極める中で、ひとりの業務委託者が、ぷつりと糸が切れるように離脱した。
その穴は、そのまま僕の肩にのしかかった。
ただでさえ余裕のなかった業務量は、完全に僕のキャパシティを超えた。
そこからの5日間で、僕は急速に心を失っていくことになる。
見えない敵意
僕の中で、怒りの矛先が生まれていた。
本来なら、同じ目的に向かって動いているはずの人たち。
同じ組織の中で、それぞれの立場から役割を果たしている人たち。
頭では分かっている。
けれど、その時の僕には、そう見えなかった。
「今日中にこれをお願いします」
「明日の朝までに確認してください」
「とりあえず進めてください」
その言葉が、どれも僕を追い詰めるためのもののように聞こえた。
もちろん、相手にも事情がある。
相手もまた、上からの指示に追われていたのかもしれない。
その人たちも、全体像が見えない中で必死だったのかもしれない。
でも、心を亡くしかけている人間には、そこまで想像する余白がない。
言葉の裏側を読む力が消えていく。
相手の事情を想像する力が削られていく。
気づけば僕は、見えない敵意と戦っていた。
本当は、誰も僕を攻撃していないのに。
僕の心だけが、勝手に戦場を作っていた。
闇に墜ちる
綻びは、すぐに現れた。
集中力が切れる。
普段ならしないミスをする。
ミスをした自分に腹が立つ。
その苛立ちを、また別の仕事に持ち込んでしまう。
悪循環だった。
電車で肩がぶつかっただけの人に、強い怒りが湧いた。
コンビニの店員さんの些細な一言に、心がささくれ立った。
同僚の何気ない確認にも、責められているように感じた。
言葉が、どんどん鋭くなっていく。
本当は大切にしたいはずの人にも、攻撃的な言葉を向けてしまう。
言ったあとに後悔する。
でも、後悔する余裕すらすぐに次の業務で塗りつぶされる。
鏡を見なくても分かった。
その時の僕の顔は、きっとひどく険しかったと思う。
心が亡くなるとは、こういうことか。
自分が自分でなくなっていく感覚。
その怖さに、僕は内側から震えていた。
母のひと言
週末、僕は抜け殻のようになって実家にいた。
休みのはずなのに、心はまったく休まっていなかった。
身体だけが座っていて、頭の中ではまだ仕事の段取りがぐるぐる回っている。
そんな僕を見て、母が心配そうに声をかけてきた。
僕は、かろうじて言葉を絞り出した。
「仕事、忙しすぎて、もう限界かもしれん」
すると母は、少しも驚かずに言った。
「そうか。良かったやないの」
耳を疑った。
良かった?
この状況が?
こんなにしんどいのに?
僕が黙っていると、母は続けた。
「体が一番大事やで。そこは間違えたらあかん」
まず、そう言った。
そして、少し間を置いてから、こう続けた。
「あんた、覚えてる?
仕事を与えてもらえずに、一日中ずっとデスクに座っていただけの時もあったやろ」
覚えていた。
忘れたつもりになっていただけだった。
「今は、めちゃくちゃ忙しいんやと思う。
でも、それだけ仕事を任せてもらえるってことは、信じてもらってるってことでもあるんちゃう?」
「もちろん、無理しすぎたらあかんよ。
でも、仕事があること。任せてもらえること。そこには感謝してもええんちゃうかな」
その言葉は、僕の中に静かに落ちてきた。
雷のように撃ち抜かれた、というより。
ずっと硬くなっていた心の表面に、ぬるま湯が少しずつ染み込んでいくような感覚だった。
忘れていた時間
そうだ。
僕は忘れていた。
一日中、まともな仕事も与えられず、自分から仕事を探しても、本当にやることがなかった時間。
PCの時計を眺めながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた日々。
あの頃の僕は、仕事がほしかった。
任せてもらいたかった。
「あなたにお願いしたい」と言われる人間になりたかった。
それなのに、今の僕はどうだろう。
任せてもらえることを、全部「負担」としてしか見られなくなっていた。
もちろん、限界を超える働き方を美談にしてはいけない。
体を壊してまで頑張る必要はない。
理不尽なものは、理不尽だと言っていい。
でも、それでも。
僕に任せてくれている人がいる。
僕ならできると思ってくれている人がいる。
困った時に、僕の名前を思い出してくれる人がいる。
その事実まで、僕は見失っていた。
心を亡くすと、感謝も一緒に見えなくなる。
不満だけが大きくなり、怒りだけが輪郭を持つ。
自分の中にあったはずの温度が、少しずつ消えていく。
母の言葉で、僕はようやくそのことに気づいた。
夜明けの誓い
気をつけないといけない。
本当に。
日常の忙しさの中で、感謝を忘れ、不満ばかりを数えていると、人の心はいつの間にか乾いていく。
そして、自分が自分でなくなってしまう。
これは、誰かを責めるための話ではない。
組織の問題を、きれいごとで片づけるための話でもない。
むしろ逆だ。
体が限界なら、止まらないといけない。
抱えすぎているなら、相談しないといけない。
理不尽な指示があるなら、整理して伝えないといけない。
ただ、そのうえで。
僕は、自分の心まで手放したくない。
忙しい時ほど、言葉が荒くなる。
余裕がない時ほど、相手の事情が見えなくなる。
追い詰められている時ほど、「ありがとう」が言えなくなる。
だからこそ、覚えておきたい。
仕事を任せてもらえること。
仲間がいること。
しんどいと言える場所があること。
そして、そんな僕に「体が一番大事やで」と言ってくれる人がいること。
ありがとう、お母さん。
そして、こんな僕に仕事を任せてくれる人たちへ。
もう一度、顔を上げて進んでいこうと思う。
心を亡くさないように。
言葉を荒らさないように。
感謝を、見失わないように。
あとがき
この記事は、2025年6月にnoteへ投稿した文章を、今の自分の言葉で再編集したものです。
当時は、仕事の忙しさに飲み込まれかけていて、その体験をもとにAIの力も借りながら、物語の形にまとめました。
今読み返すと、少し大げさなところもあります。
言葉が若いな、と思うところもあります。
でも、あの時の僕が感じていた怖さは、今もよく分かります。
人は、忙しさの中で簡単に心を亡くす。
そして、心を亡くした時ほど、自分ではそれに気づきにくい。
だからこそ、こうして残しておきます。
仕事に追われている誰かが、少しだけ立ち止まるきっかけになれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




とりタロットさん、この度はリスタックありがとうございました。
心を亡くすほどの多忙な折りでも、笑顔を心がけていきたいものですね。
引き続き、よろしくお願い申し上げます。