先日、JR吹田駅に降りました。
音声配信 #4 でも少し話しましたが、『魚舞い上がる川』の舞台になった場所を、もう一度、自分の足で歩いてみたくなったからです。
そう書くと、少しだけ大げさに聞こえるかもしれません。
作品の舞台を訪ねる。
物語の中に出てきた場所を、書いた本人が歩いてみる。
いわゆる【聖地巡礼】という言葉を使えば、たしかにそうなのだと思います。
でも、実際に歩いてみると、僕が見に行ったのは、作品の舞台そのものというよりも、もっと個人的な場所でした。
学生だった頃の記憶。
父親になってから子どもたちと歩いた街の記憶。
そして、今、物語を書く人間として、もう一度見直したかった景色。
その全部が、同じ道の上に重なっていました。
改札を出ると、駅の雰囲気はだいぶ変わっていました。
当然と言えば、当然です。
30年も経てば、街は変わります。
建物も変わるし、お店も変わる。
人の流れも変わる。
それでも、変わっていないものもありました。
改札を抜けた時の、少しだけ湿った風。
駅前に立った瞬間、身体の奥にふっと戻ってくるような感覚。
「ああ、ここを歩いていたな」
そう思いました。
懐かしい、という一言だけでは足りません。
懐かしいのだけれど、同時に、知らない街にもなっている。
自分の記憶の中では止まっていた場所が、自分の知らない時間をちゃんと生きていた。
そんな感じでした。
駅を出て、南へ歩きます。
旭通商店街の方へ。
商店街の入り口に立った時、最初に思ったのは「狭くなった」でした。
でも、たぶん狭くなったんじゃありません。
僕が大きくなっただけです。
学生の頃の僕がこの商店街を歩いていた時、世界はもっと広く見えていました。
自分がどこへ向かうのかも分からず、でも時間だけはたくさんあるような気がしていた頃です。
その後、父親になってから、子どもたちとこの街を歩いたこともあります。
その時は、同じ道でも見え方が違いました。
子どもが危なくないか。
ちゃんと手をつないでいるか。
この子たちには、この街がどんなふうに見えているのか。
自分の景色ではなく、子どもたちが見ている景色の方を気にしながら歩いていたように思います。
そして今。
僕は、物語を書く人間として、この道を歩いています。
同じ場所なのに、三通りの見え方がある。
学生だった頃の僕。
子ども達と手をつないで歩いていた頃の僕。
そして今、言葉を探しながら歩いている僕。
それだけで、来た価値がありました。
また、街というのは、不思議です。
ただの道路や建物の集まりではありません。
そこにいた自分の時間まで、一緒に保存している。
もちろん、完全な形で残っているわけではありません。
記憶は曖昧です。
都合よく書き換わっていることもあるし、忘れてしまったこともたくさんあります。
それでも、歩いていると、ふいに身体の方が先に思い出すことがあります。
この角を曲がった感じ。
日差しの入り方。
商店街の空気。
頭では忘れていても、身体のどこかが覚えている。
そんなことを感じながら、商店街を抜けて、神崎川の方へ向かいました。
途中、高浜小橋に出ます。
橋の欄干には、「高浜小橋」と刻まれた石碑がありました。
この橋をちょっと行ったところに「吹田の渡」の案内板があります。
そこには、江戸時代、このあたりに渡し舟があったことが記されています。
人が川を渡る。
その行為だけが、何百年もこの場所で繰り返されてきた。
舟で渡った時代があり、橋で渡る時代になり、今は車や自転車や歩く人たちが、当たり前のように行き来している。
形は変わります。
舟は消え、橋が架かり、道は整えられ、街の表情も変わっていく。
でも、「ここを渡る」という行為だけは、ずっと残っている。
そのことが、妙に胸に残りました。
僕は交渉の仕事を長くしてきましたが、人と人との関係も少し似ている気がします。
言い方は変わる。
立場も変わる。
時代も変わる。
それでも、向こう岸にいる誰かと、どうにかしてつながろうとする行為だけは変わらない。
橋を架けるのか。
船を出すのか。
少し遠回りをするのか。
方法は変わっても、「渡ろうとすること」そのものは残る。
だから、この場所に渡し舟の記憶があることが、僕にはとても自然に感じられました。
そして、歩いていく先に、高浜橋が見えてきました。
大きな斜張橋。
この橋の上から見る神崎川が、『魚舞い上がる川』の景色に一番近いように感じました。
橋の上に立って、川を見下ろしました。
水は静かでした。
あの物語のような奇跡は、もちろんそこにはありません。
水面から魚が舞い上がることもなければ、光の中で時間が止まるような瞬間もない。
ただ、川が流れている。
それだけでした。
でも、その「それだけ」が、思っていた以上に大きかった。
30年前も、今日も、川は同じように流れていたのだと思います。
もちろん、水そのものは違います。
景色も違う。
周りの建物も、そこを歩く人も変わっている。
けれど、川がそこにあり、流れ続けているということ。
その事実だけで、十分な気がしました。
『魚舞い上がる川』に書いた景色は、完全な現実ではありません。
でも、完全な空想でもありません。
昔、この川で見た、空へ昇った水。
身体の中にずっと残っていた、あの数秒の記憶。
そこに、新と響という二人を立たせてみた。
そうやって、現実の景色と物語の景色は、少しずつ重なっていきました。
橋を渡って、対岸に出ます。
振り返ると、いま渡ってきた高浜橋が、川の向こうに静かに立っていました。
ここは広いです。
空が大きい。
右を見ても左を見ても、川と空がある。
街の中にいるはずなのに、少しだけ視界がほどけるような場所です。
この場所に立つと、物語のことを忘れそうになりました。
いや、忘れていいのかもしれません。
物語は、こういう場所でそのまま生まれたわけではありません。
現実の場所があって、そこに自分の記憶が重なって、さらに時間が経って、ようやく物語になる。
つまり、物語は場所そのものではなく、場所に残った感情から生まれるのだと思います。
だから、ここに立って「この場所が舞台です」と断言するよりも、
「この場所の記憶が、あの場面の奥にあります」と言う方が、僕にはしっくりきます。
30年という時間は、この街から何かを奪っただけではありませんでした。
店は変わりました。
看板も変わりました。
道も少しずつ変わっています。
でも、街そのものは消えていませんでした。
新しい道をつくり、次の形になりながら、この場所は30年分だけ育っていました。
人も、たぶん同じです。
昔のままではいられない。
変わらずにいることはできない。
でも、変わったからといって、失われたとは限らない。
学生だった僕がいて、父親になった僕がいて、物語を書いている僕がいる。
そのどれかひとつだけが本当なのではなく、全部がつながって、今の自分になっている。
街を歩きながら、そんなことを考えていました。
帰りの電車の中で、ひとつだけ思ったことがあります。
今日、橋の上から見た景色とは別に、もうひとつ見つけたものがありました。
橋の上ではなく、橋の下へ降りた時の話です。
高浜小橋の下へ降りていく階段。
子どもの頃から、なぜかずっと気になっていた場所。
そこに、五十代になった僕が、ひとりで降りていきました。
行き止まりだと思っていた場所に、知らない道がありました。
その話は、メンバーシップ「深夜0時の控室」に置いてあります。
表に出すほど整ってはいないけれど、捨ててしまうには惜しいもの。
本編には入らなかったけれど、物語の温度を支えているもの。
控室には、そういう記憶や舞台裏を、少しずつ置いていきます。
橋の上から見えた神崎川。
そして、橋の下で見つけた、もうひとつの神崎川。
もし、その先も覗いてみたいと思っていただけたなら、深夜0時の控室でお待ちしています。
🔖 大きな石の向こうに、知らない道があった
※メンバーシップ参加者限定記事です
橋は、いくつあってもいいのだと思います。
note、TALES、そしてここSubstack。
どこから渡ってきていただいても、同じ言葉が向こう岸でお待ちしています。
物語の本編はTALESで、書き手の日々の言葉はnoteで、もしよければお会いしましょう。





おおっー
そうでしたか。
それは僕も感動もんです!
まさかのJR吹田駅😃僕はすいたと読めます(笑)