勉強が苦手な高2息子が、リビングで教科書を音読し始めた夜。交渉人の父が心の中で「作戦成功」と叫んだ理由。
勉強しろと言わずに、勉強が始まるまでにしたこと。
「勉強しなさい!」
「仕事なんだから、もう少しやる気をだしてもらわんとね!」
家庭でも職場でも、相手の尻を叩いて動かそうとして、疲弊していませんか?
20年間、交渉の最前線に立ってきた僕ですが、人を動かすのに「命令」ほど効率の悪いものはないと痛感しています。
実は、今は社会人となった次男がまだ高校2年生だった頃、「あぁ、長年やってきたことは間違いじゃなかった」と確信した出来事がありました。
今から7年~8年ほど前の話になりますが、苦手なタスクに向き合うための「環境作り」と、そこから生まれた「巻き込み力」について、当時の記憶を振り返ってお話しします。
夜勤前夜のリビングで起きた「異変」
それは、次男の1学期期末テストまで1週間を切ったある日のことでした。
翌日に夜勤を控えていた僕は、あいにくの大雨予報を見ながら「明日は自転車通勤から電車通勤に切り替えなきゃな……」と、少し憂鬱な気分で過ごしていました。
その日の晩、リビングでは長男が髪を染め、僕は夕食の後片付けをしていました。 それぞれが自分のことに集中している、ありふれた夜の光景です。
そこに、自室にいたはずの次男が、日本史の問題集を抱えてやってきました。 そして、ボソッと一言。
『こっちでやろう』
彼はリビングのテーブルに陣取ると、最初は黙々と、そして途中から「音読」を始めました。 自分で問題を読み上げ、自分で答える。一問一答のセルフクイズです。
「710年、平城京遷都……」
最初は聞き流していた僕と長男ですが、耳元でクイズを出され続けると、人間の脳というのは不思議なもので、勝手に答えを探し始めてしまうのです。
気づけば、髪染め中の長男も、皿洗い中の僕も、次男の音読に合わせて、 「あ、それ知ってる!」「なんだっけそれ?」 と、口を挟んでいました。
いつの間にか、リビングは「親子3人の日本史クイズ大会」の会場と化していたのです。
心の中でガッツポーズ。「作戦成功!!!」
この光景を見ながら、私の心の中では、ある言葉が叫ばれていました。
「作戦成功!!!」
実は我が家では、彼らが小学生の頃から「リビング学習」を促してきました。
「勉強は孤独にやるもの」ではなく、「家族の気配の中でやるもの」。そう刷り込んできた土壌があったからこそ、切羽詰まったテスト前に、彼は自然とリビングを選んだのです。
そして何より、彼は勉強があまり得意ではありません。
苦手だからこそ、一人で部屋にこもって悶々とするのではなく、「少しでも楽しい雰囲気を作りたい」という本能的な工夫が、「音読」という行動に出たのでしょう。
ビジネスにも通じる「苦手なタスクほど、ひとりでやらない」
この夜の出来事は、ビジネスにおける重要な示唆を含んでいると後になって思うようになりました。
1. 苦手なことほど「オープンな場所」でやる
苦手なタスクを抱え込むと、人は誰でも潰れます。 次男は無意識に、自室(密室)からリビング(広場)へ移動することで、「孤独」というリスクを回避しました。これは仕事でも、「早めに周りに助けを求める」ことができる優秀な社員の動きと同じです。
2. 「楽しさ」で周りを巻き込む
彼が「手伝って」と言ったわけではありません。彼自身がリズムよく音読し始めたことで、周りの家族が「面白そう」と乗っかってしまったのです。
「嫌々やっているオーラ」は人を遠ざけますが、「何とか楽しもうとする姿勢」は人を惹きつけ、結果として協力者を生みます。
結論:環境が人を育てる
もし僕が「自分の部屋で集中してやりなさい」と追い払っていたら、この時間は生まれませんでした。
結果として、彼は楽しく勉強ができ、私たち家族には「710年、なんと立派な平城京」だけではない、深い知識と楽しい思い出が残りました。
当時、テストの結果がどうだったかはもう覚えていません。
しかし、「親子3人で笑いながら学んだ」という成功体験は、彼の心にどこまで残っているかは、正直わかりません。
でも少なくとも僕の中には、「あの子は自分で助かる場所を選べるんだ」という確かな記憶として残っています。
苦手なことこそ、一人で抱え込ませない。
リビングという「開かれた交渉の場」を用意しておくだけで、子ども(部下)は自ら助かる方法を見つけ出すのかもしれません。
【筆者プロフィール】
20年の経験を持つ交渉人。
携帯基地局の置局交渉など、現場の合意形成に関わってきました。
家庭でも、子育てでも、大切なのは「相手をねじ伏せること」ではなく、相手が自分で動ける場を整えること。
成人した2人の息子との日々を振り返りながら、親子の会話と交渉術について書いています。



