書き終えた今、深夜0時に ——「深夜0時のディールログ」完結あとがき
書き終えた今、深夜0時に
——「深夜0時のディールログ」完結あとがき
踊り場の蛍光灯の音が、まだ耳の奥に残っている。
端末は、私の手のひらの中で、もう温度を持たない。
十年間、こうさんが肌身離さず持っていたものだった。
あの日以来、こうさんのことは見ていない。
端末越しで見ることもできなくなったから。
ただ、こうやって端末から少しでも温もりを感じ取ろうとしていた。
今日までは——
規程に従えば、本ファイルへの追加記録は行われない。
——けれど。
——端末の電源を、もう一度入れた。
振り返れば、最初の観測はこうさんがいつも通学に使う電車の中だった。
1994年。朝の通勤通学ラッシュが過ぎた頃の時間、電車の最前列の車両。
眠り込んでいたこうさんの前に、響さんが立った。
あの日から、すべてが始まった。
——記録者の声を、ここで一度置く。
ここから先は、書き手として書きます。
「深夜0時のディールログ」第1話を書き始めたのは、深夜0時の少し前。
普段なら眠っている時間に、なぜか机に向かい、pomeraのキーボードをたたいていました。
なぜ、深夜0時だったのか。
自分でも、はっきりとは説明できません。
ただ、深夜0時という時間には、昼間の言葉が届きにくい領域がある。
——そう感じていた、ということだけは、今でも分かります。
12話を書き終えた今、最初の構想とは、ずいぶん変わった風に思えます。
というのも、次回作の構想を練っていた頃、僕は架空の組織【SCP財団】——”この世界に「ふつうじゃないもの」が存在したら、それを記録し、収容する組織がある”——というネット発の集合創作に、ものすごく興味をひかれていたからです。
ただの現代ファンタジーものじゃなく、SCP的な何かを記録する、ログとして残す、記録主体の小説を書いてみたいと思うようになっていきました。
記録主体の小説のため、基本は短編、理想は1話完結のつもりでした。
けれども、新が僕の想定とは違う言葉を発しました。
それも、第1話で。
「三十年後の同じ日付……0時ちょうどに、電話……する」
さらに、第2話では響の視点で物語が進みます。
そして、学内の掲示板の上枠に取り付けられた小さなデジタル時計に、あの数字が浮かび上がってきました。
——あの瞬間、物語の方向が変わりました。
もっと言えば、この「深夜0時のディールログ」は、過去作である【うたた寝列車】【魚舞い上がる川】【バスに乗ったら30年後の未来に行ったお話】のスピンオフ的な作品にしようと考えておりました。
だからこそ、七瀬や菜穂は、最初の構想にはいなかったのが本当のところです。
ちょうど、第3話を書き終え、文章を読み返したところ、書き手である僕自身でさえ、恐怖に慄いてしまっていました。
こんなに怖くて訳が分からない現象に、大学生2人が立ち向かっていけるはずもない。
その時に、公衆電話の向こう側に「誰か」の気配を感じたんです。
また、恐怖の絶頂である第11話を書いていた時、病院の中にもう一人の「誰か」がいる気配も感じました。
その「誰か」が誰なのかを書こうとして、二人が現れたというわけです。
——いや、正確には、二人は最初からそこにいたのかもしれません。
僕が、見ていなかっただけだったんでしょうね。
今だから言えることがあります。
本作で菜穂を書き始めた時、ディールログの世界の中での彼女の三十年は、まだ僕の中にも降りてきていませんでした。
「六波羅」という名前を持つ意味は、すでに過去作【バスに乗ったら30年後の未来に行ったお話】や【花火のエンドロール、きみとのプロローグ】で書いてきました。
ただ、ディールログという物語の中で、彼女が「踊り場で待っていた本当の理由」——それは、書きながら、彼女自身が教えてくれたことでした。
過去作の菜穂と、ディールログの菜穂。
同じ一人の人間でありながら、時間と物語が違えば、見せる顔も違う。
書き手は、登場人物を作るのではない。
登場人物を、見つけるのだと、今は思います。
12話全体を通して、書きながら気づいたことがあります。
これは「侵食の物語」ではなかったのだと思います。
「届ける」ことと「届けないまま手放す」ことの、両方の物語だったのだと。
そして、12話を書き終えた今、深夜0時の机の前で、何か大きなものが終わったことを感じています。
「終わった」というより、「届いた」という方が近いかもしれません。
最後に、
「手放したのは、届くと信じていたから」
——最終話のメンバー限定記事の最後に、この一行を置きました。
この一行に至るまでに、三十年が必要だった。
菜穂の三十年。新と響の三十年。
そして、僕が12話を書くために必要だった時間。
どれも、「届く」と信じることと、「手放す」ことの両方が必要だったと、今は思っております。
最後まで、お付き合い頂きまして本当にありがとうございました。
——観測者として、ひとつだけ記録しておく。
物語が完結した今、本記録者の手のひらに、まだ温度がある。
それは、こうさんが十年間持っていた端末の温度ではない。
ここまで読んでくれた、あなたから届いた温度だ。
規程外の記録として、さらにここに残す。
物語は、本件をもって封印された。
けれど、回収課の任務は、続いている。
回収課が観測してきた事例は、ディールログだけではない。
うたた寝列車のこと。
30年後の未来から戻ってきた青年のこと。
川から上空へと舞い上がった魚のこと。
花火の終わったあとに残された名前のこと。
そして——まだ書かれていない、別の記録者の物語のこと。
二人と、二人を取り巻くこの世界は、まだ広がっていく。
ここで語り終わらなかったことが、まだある。
——その時はまた、深夜0時に。
(詳しい創作の経緯は別記事にまとめています)
SCPに影響されて小説を書いた|新作『深夜0時のディールログ』始動
深夜0時の控室〜新&響の物語〜👇
https://note.com/hiro_style/membership/info
——書き終えた今、深夜0時に。
また、お会いしましょう。



